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連載:マッキー牧元の"変態メシ"

肉焼きの天才にして変態。この世でもっとも危険な肉料理を出す駒沢「イル・ジョット」

かつて19世紀に『美味礼讃〜味覚の生理学』を出版し、世の中の料理を科学的に体系化したブリア・サヴァランは、「料理人にはなれるが、焼肉師は生まれつきである」という言葉を残している。

つまり、肉を焼くという技術の習得には限界があり、天性の才が必要だと説いているのである。

僕も数多くの肉焼き名人を見てきてそう思う。「なぜそこで肉を返すのか」と彼らに聞いても、明確な答えが返ってこないことも多い。感性の要素が多くを占めているからではないだろうか。

それゆえ肉焼きの天才はそう多くいない。僕の知る限り、東京でも片手しかいない。その中で最も心服しているのが、「イル・ジョット」の高橋直史シェフである。

骨つきのまま肉を仕入れ、独自の倉庫で熟成させ、切って焼いて出す。正確な肉への目利きと、それぞれの肉をどう焼いたら最大のポテンシャルを発揮できるのか。理想が明確であり、その一点に向かって1ミリもブレずに焼くことができるのである。

なんど食べても驚かされる。同じ肉なのかと思うほど、生命力に溢れ、我々を鼓舞してくる。

しかも、肉だけではない。魚料理もパスタも、他とは違うやり方で仕上げ、随一の料理を出す。

さあ、それでは1月にいただいた、素晴らしき料理の数々をたっぷりと紹介しよう。

(1)愛農ナチュラルポークのハム

美しい。手をつけるのをためらうほど美しい。

発色剤を使わずに仕上げたハムは、赤みを帯びず、恥じらっているような色合いに身を染めている。

それは生きている豚の色なのかもしれない。豚は、ハムとなってもまだ生き続けている。だからこそ味に気品があり、汚れが微塵もない。

脂は、優しい甘みを漂わせながら、跡形もなく消える。肉は、澄んだ旨味を舌に叩きつけて、人間の心を震わせる。

プロに言わせれば、なんでこんな色合いに仕上がるのかわからないという。

おそらく高橋シェフの愛なのだろう。この豚を思いやり、その芯にある滋味に心から敬意を払って、慎重に慎重に仕上げた結実ともいうべき一皿。

もし叶うことなら、朝一番、起きてすぐ、まだ舌がなにものにも汚されていない時間に食べたいと思った。そんな気高いハムである。

(2)近江牛のハツの燻製

塩胡椒をして炭火焼きにし、そのあと軽く燻製をかけたハツは、シコッとした、軽快な歯ざわりをみせる。

ハツというのは心臓であるから、血の塊である。鉄分の塊である。それゆえに猛々しい、人間の気を高める味わいがあるのだが、このハツの料理は血が軽い。生きとし生けるものに触れる、尊さがある。

付け合わせは、選りすぐった生のグリンピース。そう、生のグリンピースの清らかさと、呼応するのである。

(3)近江牛タンの炭火焼

多くの食通がこれを前にして、牛タンだとわかるだろうか? 

それほどにまで神々しい姿である。牛タンの根元の芯部だけ、いわば牛タンのシャトーブリアンを焼いた料理である。

▲この大きなタンから極わずかしか取れない希少部位

▲この大きなタンから極わずかしか取れない希少部位

クリッ。かすかな歯ごたえを残して、歯が包まれる。脂があるが無きかのように味が淀みなく、清流のごとく滋味が舌を洗う。赤キャベツのフランボワーズヴィネガーとクミン和えを添えて。

(4)レバーの炭火焼

炭火焼の天才、高橋シェフの肉焼きを食べていつも思うのは、味わいの美しさである。

初めて食べる人でも、それが最も分かりやすいのが、レバーではないだろうか。

食べればまごうことなき、レバーである。しかし今まで食べてきたどの焼きレバーとも違う、味わいの美しさがある。

よくレバーの料理を表現する際に、「臭みなどまったく感じられない」という陳腐な表現があるが、もはやこの料理は、そんな意識など遠くに追い払ってしまう。

食べてまず感じるのは、甘さである。甘美と言ってもいい。それは命の純粋を極めた味であり、噛み締めるごとに、命への感謝が湧き上がる味なのである。

それゆえに、このレバー料理だからこそ、上に散らされたピスタチオの甘い香りと響きあい、熟した柿の甘みと抱き合うのである。

(5)牛ほほ肉とテールの煮込み、セロリ、イタリアのコーダ、スープ仕立て

ああ、なんということだろう。噛めば、ほほ肉の繊維一本一本に歯が抱きしめられる。

塩胡椒して焼いて、3時間おいて冷まし、じっくりと煮込んでから、また3時間おいて冷まし、脂をとってからまた煮込んだ料理だという。

丸1日近くかけて作られているのに、まだ肉に躍動感があって、噛み締めることが嬉しくなってくる。

テールも噛んだ瞬間に、一本一本の繊維がほぐれていき、その一本一本から太い滋味が溢れてくる。

時間が無限大に広がっていく感覚をともなう。煮込み料理とはこうでなくてはいけない。

(6)近江牛ハラミのカツレツ

炭火焼の天才は、加熱の達人である。豚のカツを揚げても、あるいはパサパサになりやすい鶏胸肉という難関をあげても、寸分の狂いなく、肉の旨味を最大限に引き出す。

この写真の断面を見ていただきたい。ハラミは揚げ切られているのに、筋の一本一本が盛り上がって輝き、さあ早く食べろと誘ってくる。

カリリ。香ばしい衣を突き破れば、ハラミの甘みが一気に溢れ出て、舌の上にこぼれ落ちる。

甘い。うっとり途中を見つめながら思う。これは世の中で、最も危険なカツであると。

(7)10日間熟成させた 宮崎経産牛サーロイン炭火焼と揚げゆりね

高橋シェフが扱う肉は、すべて滋賀の精肉店「サカエヤ」から仕入れている。

「サカエヤ」の新保吉伸さんは、高橋シェフの焼く技とクセ、保管庫の状態を熟知して、高橋シェフ用に整え仕上げた肉を送る。

それを高橋シェフは一定期間寝かせ、切り出し、焼く。「イル・ジョット」で食べる肉はそれゆえに、高橋シェフと新保さんの合作といってもいい。

この経産牛を噛み締めながらそう思う。命を絶ってからしばらく経つのに、フレッシュな味を感じる。

命がほとばしる味に興奮させられる。ある意味二人は、命を蘇らせているのかもしれない。

(8)ジビーフサーロインの炭火焼

肉を食らうという行為と意味を、胸に突き詰めてくる料理である。

完全放牧野生牛であるジビーフは、一頭一頭が違う個性を持っている。それゆえに焼くことが極めて難しい。

前に焼いてこうだったから、は一切通用しない。私を食べるのだったら、あなたたち料理人も覚悟を持って、見極める眼力と焼く技を磨きなさい。食べる人も心して味わいの違いを感じさなさいと、問い詰めてくる。

時には優しく、時には上気させ、またある時はその両方が襲来する。

「噛め。噛め。もっと噛め」

食べている間中、肉から囁かれ、我々は鼻息を荒くしながら集中し、肉と対峙する。気がつけば、周囲の人々も空間も消え、肉と自分しかいない。

その凄まじさを感じさせるのが、高橋シェフが焼く、ジビーフなのである。

(9)キターラ・ポモドーロ

実は、高橋シェフのパスタも逸品である。

トマトソースは、トマトを湯むきして、タネが当たる場合は裏ごしする。その汁と刻んだトマトから滲み出た汁を、ニンニクの香りのついたオイルで火が軽く通るまで煮詰め……さらに1時間? 最後にフレッシュなトマトを入れてさらに煮るのだという。

食べた瞬間に笑い、幸せが満ち、そして思う。「太陽の香りが戻ってきた!」と。

ライター紹介

マッキー牧元
マッキー牧元
株式会社味の手帖編集顧問。タベアルキスト。「料理王国」他14媒体で連載中。フレンチから居酒屋まで全国、世界中で年間600食を食べ歩く。2017年7月にRetty・TOP USER PRO就任。
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