「新しくオープンしたsioに。試合後は鳥羽さんの料理を食べるのが定番。美味しいを飛び越えて、美味しいを考える味。自分で行きたい、誰かに食べさせたいレストラン」
2018年の8月、格闘家の青木真也さんは、Instagramにこんな投稿をしていました。
隣に並んで写っていたのは、代々木上原のレストラン「sio」で、オーナーシェフを務める鳥羽周作さん。この頃から青木さんはsioに通い、お世話になっている人を連れてきたり、知人を紹介したりする“常連”に。
・【前編】「青木さん?緊張しますよ。いつも真剣勝負っす」sio・鳥羽周作×格闘家・青木真也
対する鳥羽さんは、青木さんを応援する目的で、試合前に青木さんの好物であるカレーを作ったり、試合会場へ応援に行って感動して涙を流したりと、sio以外でも交流を持っています。
それでも、近すぎず遠すぎず、絶妙な距離感を保ちながら、互いを高め合う戦いをしているように見えるふたり。
どんな思いでsioでの時間を楽しんでいるのか──。
それぞれが目指す未来は──。
おふたりの初対談・後編です。
お話を聞いた人
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青木真也さん
- 1983年5月9日生まれ。静岡県出身。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中、柔道から総合格闘技へ転身。「修斗」ミドル級世界王座を獲得。大学卒業後に静岡県警に就職するが、2カ月で退職して再び総合格闘家へ。「DREAM」「ONE Championship」の2団体で世界ライト級王者に輝く。著書に『ストロング本能』(KADOKAWA)などがある。
お話を聞いた人
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鳥羽周作さん
- 1978年5月5日生まれ。埼玉県出身。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳で料理人に転身。都内の有名レストラン2店舗で5年修業後、恵比寿のレストランでスーシェフを2年務める。2016年3月より代々木上原「Gris」のシェフに就任。2018年7月、オーナーシェフとして「sio」をオープン。
全試合に役割があるから『しょっぱい試合』も大事
「僕は美味くない料理も大事じゃないか、って思ってるんです。たとえば格闘技の大会で、第1試合から第8試合まであるとすると、中には『これ微妙だな』っていう不穏試合みたいなのも必要なんですよね。最後に全体を通して見たときに『良かったね』と着地すればいい」
「いろいろな試合がひとつのパッケージになってるのが大会ですから、『しょっぱい試合』も必要ですよね。第1試合には第1試合の、メインイベントにはメインイベントの役割があるわけで。6月26日に長州力さんが引退マッチをしましたけど、ああいう試合が第1試合に来ることはない、ってことです」
「料理もそうですよね」
「まさにsioのコースも興行だと思っています。全体のストーリーがあって、全10皿の感動ポイントを100とすると、10皿にどう振り分けるか。15ポイントの料理もあれば、30ポイントの料理もありますから」
「僕、クリーム系のパスタがずっと苦手だったんだけど、sioで出されたのは初めて食えたんだよね。あれ、ポイント高かったなあ」
「イカスミリゾットも喜んでくれましたよね。青木さんはコース全体で見てくれるから、試合しやすいですよ」
僕たちは“限りなく狭いところ”で勝負してる
「ちょっと前、インタビューとかで原価率の話をしてましたよね。それに対して周囲がワーワー言ってたことがあったじゃない」
「業界のこと発信したくて、原価率について言ってたことあります」
「それがすげえくだらないと思ってたんだよね。原価率が高いとか低いとか、コスパがいいとか悪いとか、そんなこと言う人って、sioに来ないでしょう」
「確かにそうですね」
「ここは安さで勝負する店じゃないですからね。僕は今よりもっと値段を上げてもいいくらいだと思う。自分たちを見てくれる客だけに向けて作ればいい。僕は大衆受けを狙ってないし、自分のささるところにだけ向けて作ってますよ。鳥羽さんもそうじゃない?」
「近いと思います。自分たちのスタイルや実現したいことを表明して、『いい』と言ってくれる人とやっていくの大事ですよね。集まってくれる人と深めていく、というか」
「僕もそうですよ。本当にごく一部に向けて作ってるから」
「今はsioに来てくれるお客さんと試合をするだけ、って状態になってるんですけど、試合内容はよりシビアになっています。青木さんみたいにモノサシをしっかり持ってるお客さんが多いから。ガッカリされたくない」
「ガッカリするかしないかって、受け側の問題もあると思うんだよね。心身が整った状態で食事をすると、より美味しく感じられるじゃないですか。プロレスもそうだけど、“受け身を取る”ほうのコンディション、かなり大事ですよ」
「僕、青木さんの試合を観戦するとき、予習・復習がすげえ大事だなって思ってるんです。実際やってましたし。コンテンツの受け手として、試合前にも試合後にも、青木さんのnote読んだり、VTR見たりしてたんです。そしたら試合当日、青木さんが登場したのを会場で見た瞬間、超泣いちゃって。試合中は『あおきー!』ってすげえ熱くなって、自分まで一緒に戦ってる感覚もあったんすよ。ファンと一緒に作っていくって、めちゃくちゃ大事だな、って思いました」
本業で強くないと、ファンはつかない
「ファンってさ、大前提として、本業の部分で強くないとついてこないですよね」
「本質的な部分ですよね。本業が弱いとハリボテになっちゃうから。うちは料理の味だけじゃなくて、おしぼりやカトラリーなんかの食器や空間、音楽とか、全体をデザインしていますけど、そもそも料理(本質)が美味しくなかったら、お客さん入んないですよね」
「売ってるモノ、商品が危ういと、すぐ折れちゃうというか、一過性で終わっちゃいますよね。僕は周りから『青木真也っていう“商品”を売るのが上手い』と思われがちなんです。確かに売るのは上手なほうだと思うけど、他の誰よりも格闘技が好きだし、15年間毎日欠かさず、マットの上に立ち続けてるんです。5月に36歳になったけど、今でも20代前半の子たちと同じメニューをやってることは、『あいつは売り方が上手いから』とか思ってる人には知られてないかも」
「自分の職業の怖さを知ってる人は強いですよね」
「僕は一歩間違うと無職」
「僕も料理っていう分野の怖さを自覚してますから、毎日料理しないと気持ち悪いし、毎日必ずトレーニングをしてます。 sioでは若いスタッフに任せてますけど。料理って1回のミスでお客さんを失望させて、お客さんの信頼を失う可能性もあるんです。会社をつくったり、登壇したり、インタビューを受けたり、いろんなことをやってますけど、僕の職業は料理人。その感覚はすごく大事に持ち続けています」
「僕も格闘技選手というのが土台にあって。エッセイやコラム、本を書く仕事が入ってくるのも、そこがベースとしてしっかりしてるからだ、って自覚しています。むしろ本業の格闘技で強くないと、『格闘技外』での説得力が弱くなるから」
「僕の場合とまったく同じっすね」
「『青木真也はいろいろ手広く器用にやっている』って見られることもあるけど、格闘技という分野での“高さ”があるから、広くても強いんだよね。商品そのものに強さがないと、プロモーションに耐えきれなくなる、って知ってるから」
「地に足の着いた人は強いっすよ。sioを『感動するレストラン』って表現してるのに、お客さんが感動しなかったら、『違うじゃん』ってなるじゃないですか」
「そうね」
「だから 『職業:料理人』として、美味しい料理を作ることは大前提。それが本質なんです。僕、死をリアルに感じてるんですよ。人間、いつか必ず死ぬじゃないですか」
「人間は致死率100%」
「極論、明日死ぬ可能性もあるわけで。死にたいとは思ってないですけど、何があるかわかんないじゃないですか。だから今日という日を最高にしたくて、いつも全力を出してます。1日が最高じゃないと明日が崩れちゃう気がするんです。だから『今日も最高な日にする。今日も満席にする』って、朝起きたらずっと思ってますよ」
「人生は大変だ(笑)」
「大変だし、怖いですよ。これから始まる新しいプロジェクトに向けて、今度大きなお金を借りるんです。ただ、いつも崖の際どい位置を歩いていて、危ないなとは感じてるんですけど、落ちるイメージはないんですよね」
「そのプロジェクトも気になるけど、チョコミントのアイス作ってくださいよ。(某メーカーのチョコミントアイスを挙げながら)あれを超えるチョコミント感っていうか、歯磨き粉感強いのを作ってほしい」
「あれはミントのリキュールが入ってると思います。チョコミントアイスかあ。青木さんが来てくれるなら作りますよ!」
「じゃあ行く!」
「最近来てない、みたいな言い方しないでくださいよ(笑)。ご来店、お待ちしてます!」
さいごに
ふたりの間に流れる、温かくも、微量の緊張感が入り混じった空気は、その場にいて「こういうの、羨ましいな」と感じるものでした。
互いを尊敬していて、信頼していて、「人として好き」だからこそ、この関係性が保たれているのでしょう。
自分も好きな店に通い、こんなつながりができたら幸せだなと感じました。
- sio
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東京都 渋谷区 上原
フランス料理
ライター紹介
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池田園子
- フリーの編集者/記者。女性向けメディア「DRESS」編集長。著書に離婚経験後に上梓した『はたらく人の結婚しない生き方』など。プロレスが好きで「DRESSプロレス部」を作りました。