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連載:料理文献研究家が解説する、食と歴史の美味しい関係

「古代メソポタミア料理」を楔形文字から再現!? 料理文献研究家による時空をこえた食事会〜前編〜

もしも、ドラえもんがいたら。どんなひみつ道具が欲しい? 

統計をとったわけではないが、おそらく「タイムマシン」や「どこでもドア」が高順位にランクインするだろう。時空や国境を越えた旅をしてみたいという願望を持つ人は多い。

実際にタイムスリップができるわけではないが、食と音楽を通じて、さまざまな時代や国の歴史や文化を存分に味わえるイベントがある。その名も「音食紀行」

このイベントを主宰するのは“料理文献研究家”の遠藤雅司さん。遠藤さんは料理人でもなく、歴史の研究者でもなく、ふつうのサラリーマンとしての仕事の傍ら、休日に音食紀行の活動を行う。

なぜこのようなイベントを始めたのか、活動の内容や始めたきっかけを聞いた。

▲料理文献研究家の遠藤雅司さん

▲料理文献研究家の遠藤雅司さん

3000年前の「古代メソポタミア料理」を再現

——まず、「音食紀行」とはどのような活動なのか、教えてください。

音食紀行は、世界各国の歴史上の料理と音楽を再現するプロジェクトです。毎回テーマを設けて、文献にあたり、当時のレシピを再現して、実際に作ってみる。そして、その当時の音楽に詳しい専門家をお呼びして、演奏を聞きながら食事をするイベントです。

——これまで、どのようなテーマでイベントを開催してきたのでしょうか。

「古代ギリシャ料理会〜暴君が王になったとき、人々は何を食べていたか〜」では、古代ギリシャのリュラー音楽家を呼んで演奏してもらい、「キャベツのアテナイ風」「スパルタの黒スープ」「サメのトロネ風」などをお出ししました。

*リュラー・・・古代ギリシアの竪琴を意味する弦楽器の一種。
(写真はリュラー奏者の佐藤二葉さん)

▲サメのトロネ風

▲サメのトロネ風

豚の血で煮込む料理の「スパルタの黒スープ」は、「他国の王様が怒ったほどマズかった」という資料が残っていたので、おいしく食べられるようにレシピを改良しました。

▲スパルタの黒スープ

▲スパルタの黒スープ

ほかには、「古代メソポタミア食事会」も好評でしたね。このときは、ビールや焼き菓子もお出ししました。実は、紀元前1600年頃から「神の酒」としてビールが飲まれていたんです。

現代の自分たちと似た飲み物を飲んでいたなんて、教科書でしか知らない遠く離れた存在だった歴史が、ちょっとだけ身近に感じられますよね。

▲古代メソポタミア時代のパン「バッピル」

▲古代メソポタミア時代のパン「バッピル」

▲古代メソポタミア時代のシチュー

▲古代メソポタミア時代のシチュー

塩・胡椒がないメソポタミア時代の料理をどう作る?

——当時のレシピを再現するときには、どのような文献を参照するのでしょうか?

たとえば、古代メソポタミアの場合は、メソポタミア歴史家の著書『最古の料理』を読んだあとで、一次資料としてイエール大学が発掘した楔形文字のタブレットにもあたりました。

まずは二次資料にあたって、そのあとに一次資料を参照してディティールを詰めるという流れです。テーマに応じて外国語の文献にもあたるので、毎回けっこう大変なんですよ。

——時代や地域によって、手に入らない食べ物もあると思います。完全に再現するのは難しいのではないでしょうか?

そうですね。楔形文字の場合は欠損があって不完全なため、別の資料にあたって当時も存在したであろうスパイスを使ったり、「根菜」とだけ書かれているものを「にんじん」で、「ポロネギ」と書いてあるものを「長ネギ」で代用することもあります。

ただ、最低限の時代考証は必要だと思っていて。メソポタミア時代のレシピには塩と胡椒が載っていなかったので使用しないのもこだわりです。そのときは、クミンとコリアンダーの味付けで仕上げました。

ただ、イベントとして一番大切にしているのは「おいしくなければ料理じゃない」ということです。音楽家に演奏してもらったり、歴史家に当時の文化を講義してもらったり、いろんな要素を足していますがイベントの根幹は食事です。当時のレシピを参考にしながらも、現代の僕たちが食べておいしいものにアレンジすることを心がけていますね。

時空を越えて「食と音楽」を楽しむ

——元々料理好きだったのでしょうか?

いえ、実は大学生になるまで、ほとんど料理をしたことはありませんでした。

——では、何が活動を始めたきっかけだったんですか?

今から5~6年くらい前にだらだらとネットサーフィンをしていたら、「スペイン人が作る簡単パエリア」というブログを見かけて。簡単そうだったので試してみたら、けっこうおいしくできたんです。

▲遠藤さんが作ったパエリア

▲遠藤さんが作ったパエリア

意外と手軽でおいしくできたので、他の国の料理にも挑戦したい。そんな思いで、アジアや南米、ヨーロッパの料理をどんどん作っていきました。

——どのくらいの国を制覇したんですか?

2012年に始めて、「この年は52週あるので、週に1つ作れば、50カ国はいける」と思ったんですよ。実際に、50カ国のメニューは作ったと思います。

▲イタリア「ポルチーニ茸のリゾット」

▲イタリア「ポルチーニ茸のリゾット」

——そのときは、各国の現代料理を作っていたんですよね?

そうです。でも、1年で50カ国をやったころ、ちょっと飽きちゃって。世界に約200カ国あると考えると、全部制覇するにはあと3年かかる。あと3年も同じことをやるのはちょっと…。そう考えたとき、自分が大学時代に研究していた「歴史音楽」を思い出したんです。

——歴史音楽とは一体…?

ルネサンス時代からバロック時代、16~17世紀の音楽です。当時の音楽は現代のようにコンサートで聞くものではなく、食事のなかで奏でられるものでした。

大学時代は人文科学科で音楽を専攻していて、卒業論文のテーマは「J.ダウランド」というイギリスの宮廷音楽家の研究をしていたんです。

サークルも「古楽研究会」でクラシックギターやリュートを演奏しているという音楽漬けの生活でした。

——なるほど、だからプロの音楽家をイベントに呼ぶことができるんですね。

そうなんです。当時の友人たちには色んなジャンルの音楽家がいるんですよ。大学では、ルネサンス期の音楽を学んでいたんだから、料理も昔の再現をできるかも? 

そして、料理と一緒にその時代の音楽を聞けたら楽しいだろう…そう考えて、音食紀行の構想が固まりました。

ベートーヴェン、シャーロック・ホームズの食卓を再現予定

——最初はどんなテーマで開催したんですか?

「レオナルド・ダ・ヴィンチの音楽と料理」です。ダ・ヴィンチの手記には、いろんなレシピが残っていたんですよ。その料理を再現して、友人の演奏家を呼んで第1回を開催しました。場所は、友人が住んでいたシェアハウスのフリースペースで、10人くらい集まったかな。

はじめの頃は2ヶ月に1回くらいのペースでやっていたら、どんどん規模が大きくなっていって、今では月に2回はイベントを開催しています。

——今後予定しているテーマはどんなものでしょうか?

地域をテーマにした「インカ料理と変遷~ペルーと近隣諸国料理今昔物語~」や、人物に迫る「偏食家ベートーヴェンの食卓 ~1820年代ウィーン~」、架空の作品世界を再現する「シャーロック・ホームズの食卓」…ほかにも色んなテーマで、全国ツアーも行っているのでスケジュールをチェックしてみてください。

※※※

今回、料理文献研究家の遠藤さんにインタビューを行い、食と音楽を通じて歴史上の世界へタイムトリップする音食紀行の取り組みにとてもワクワクしました。塩も胡椒も使わないというメソポタミア時代の料理に触れ、今さらながら料理のひとつひとつに歴史・文化の連続があることに気づかされ、現代の食卓の見え方が変わりました。

後編では、遠藤さんにルネサンス期に活躍した天才芸術家ダ・ヴィンチが残したレシピから「ミネストローネ」を実際に再現してもらいます。ミネストローネを通じて見た中世ヨーロッパの歴史に乞うご期待。

※後編は近日公開!

音食紀行とは
 

⾳⾷紀⾏は、世界各国の歴史料理を再現するプロジェクトです。「⾳」「⾷」「紀⾏」とあるように、⾳楽と料理を通じて、時代旅⾏・世界旅⾏をするイベントになります。単独での料理会となる場合と演奏家を招聘してコンサート付の料理会となる場合があるなど、異業種のプロフェッショナルとコラボレーションすることにも⼒を⼊れています。
・公式サイトはこちら

ライター紹介

森祐介
森祐介
1987年生まれのフリー編集・ライター。守備範囲は政治からアイドルまで。大学卒業後、インドネシアの在留邦人向け日刊紙で3年間勤務。帰国後、国会議員秘書などを経て、「LoGiRL」「週刊朝日」「週刊SPA!」「R25」「電ファミニコゲーマー」「食べる政治」などで編集や執筆を担当。
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