ライター紹介
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マッキー牧元
- 株式会社味の手帖編集顧問。タベアルキスト。「料理王国」他14媒体で連載中。フレンチから居酒屋まで全国、世界中で年間600食を食べ歩く。2017年7月にRetty・TOP USER PRO就任。
北山智映さんほど魚に恋をしている料理人を、他に知らない。
タベアルキストという、「食べ歩き」を仕事にしているだけあって、年間600食ほど外食をする。
当然ながら、魚料理も数多く食べる。
しかしこの店で食べると、自分がまだ、個々の魚の魅力を知らなかったのだなと、思い知らされる。
例えば、鯛や平目とか、おなじみの魚でも、驚く。
ある日は鯛を、「雄と雌って、違うのよね」と、雄と雌の刺身を出してくれたことがある。
味わいは、性のイメージ通りに、雄は凛々しく、雌は優美なのだが、食べ比べなくてはわからないだろうし、そういうことをやろうと思うこと自体が、変態である。
しかも出されるすべての刺身に、醤油を出さない。わさびもつけないことが多い。
煎り酒(酒と梅干しを入れて煮詰めたもの)や、自家製の蝦醤(シャージャン・川津海老を塩漬けにして発酵させた液)を適量塗ったり、垂らしたりするだけである。
醤油では、魚の繊細な香りが消えてしまう。そう思っているのだろう。
「魚の色気」を引き出す女性料理人
おっと、話が進みすぎて、肝心の愛すべき変態さんを紹介し忘れていた。
北山智映さんとは、銀座の「割烹智映」を営む料理人である。37歳になられる北山智映さんは、ほぼ独学で料理を学ばれてきた。なんと、今から10数年前に料理を始めた時には、イカの皮をむくということさえ知らなかったそうである。
さあ、それでは、彼女の卓越した変態ぶりをいくつか紹介しよう。
ある日は、「マナガツオのきしめん仕立て」という皿が出された。
マナガツオの刺身をきしめん状に切り、それに熟成した自家製蝦醤油を塗る。マナガツオの色っぽい甘みが、蝦醤油で締まり、なんともうまい。
またある日の「マコガレイ」は、酒と塩をまぶし、厚く切る。下茹でした筍を、蝦醤油に潜らせて炙り、薄く切って、マコガレイと重ねる。
一緒に食べれば、歯切れの良い筍が先に口から消え、その淡い香りと蝦醤油の余韻がマコガレイを包む。
するとマコガレイは、じんわりと滋味を膨らませ、品のある色気を漂わせ始めるではないか。
海底で海老を捕食していた魚の、命の発露を素直に出した、色気である。
また、ある時の明石鯛の刺身は、醤油は添えず、煮た香茸が添えてあるだけだった。
鯛の刺身を食べ、続いて茸を食べる。 すると、澄んだ海と山の滋養がひとつになって、恵みに感謝をしたくなる感情が湧いてくる。
「加熱→余熱→加熱→余熱」まるで肉のような火入れ
黒ムツは、おろしてしまうと肉汁がすべて流れ出てしまうので、鱗を落として、丸焼きにする。
それも、加熱→余熱→加熱→余熱という、肉のような火入れで仕上げる。
わさびをつけて食べれば、あっさりとしているようでいて、後から味が滲み出てくる。
「しっかりしろい! お前は本当はうまいんだ」と、わさびの刺激に叱咤されて、黒ムツが本来の滋味をじわじわと舌に乗せてくる。
あるいは鳥貝である。
白い内側を5秒、黒い外側を2秒炙って出す。食べれば、色気を増した鳥貝が、舌にしなだれかかってくる。
しかし色気で誘うものの、身体は許さないわよという媚態がある。男気にも通じる、垢抜けた、張りのある色っぽさで口の中を満たして、消えていく。なんとも粋な味わいである。
魚に惚れ込んだ女性が生み出す「新しい天体」
産地、熟成のさせ方、厚みなどの切り方、味わいのつけ方、山の食材との相性、焼き方、煮方など、すべてに渡って、彼女だけの理が貫かれている。
こんな魚介料理を作る日本料理人は、世界でただ一人しかいない。
魚に惚れこみ、美点を活かし、欠点を隠すにはどうしたらいいのかと考え抜いた、真性の味わいがここにはある。
それは素敵な素敵な変態が生み出した、新しい天体なのである。
- 割烹智映
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東京都 中央区 銀座
割烹・小料理屋
※編集部注:「新しい天体」とは、新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである、というフランスの美食家のブリア・サヴァランの言葉から採られたものを指す。