ライター紹介
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杉村啓
- 日本酒ライター、料理漫画研究家、醤油研究家。 日本酒の基本から歴史・造り方までを熱く語った『白熱日本酒教室』やタモリ倶楽部でも紹介された醤油の奥深さを書いた『醤油手帖』など、食に関する書籍を多数執筆。「むむ先生」として食のコラムや紹介を各メディアで担当。8月末には、グルメ漫画の半世紀を辿る新著『グルメ漫画50年史』を上梓。
Rettyグルメニュースをお読みの皆様、こんにちは。「むむ先生」こと、杉村です。4回目を迎えた「むむ先生の"食"超解説シリーズ」。
【1】【醤油】濃口・うす口の違いはどうして生まれたの?
【2】九州の醤油はなぜ甘い?南へ行けば行くほど甘くなる理由に納得!
【3】【味噌】名古屋の赤味噌、京都の白味噌、違いはなぜ生まれたの?
今回はRettyグルメニュースの読者の方から、質問をいただいたので回答したいと思います。
お刺身を食べるときの、「わさびは醤油に溶いちゃいけない」という常識について知りたいです。
その常識は、『美味しんぼ』で知ったのですが、最近、昭和43年初出の伊丹十三著『女たちよ!』の前書きに、岩波書店元会長の小林勇からその常識を教わった、という記述を発見しました。
お醤油に溶いたわさびも、あれはあれで美味しいような気もします。そのままだと、わさびの辛さが立ちすぎるような気もして。
というわけで、その常識にどこまで妥当性があるのか、誰が言い出したのか、などが知りたいです。
これは非常に難しい問題です。ちょっと順を追ってお話ししていきますね。
長く伝わってきた「わさびの常識」
まず、わさびの辛味成分は唐辛子の辛味成分とは全く異なり、揮発性だということが挙げられます。放っておくだけでもどんどん辛味が失われていきます。これをお醤油に溶くと、全体的に薄まってしまうのですから、本来の風味が失われてしまうという主張も正しいのです。
さらには、一度わさび醤油を作ってしまうと、醤油のみをつけたい場合や、生姜などの他の薬味を楽しみたい場合に、困ることになってしまいます。お寿司のわさびはネタとシャリの間にあって直接醤油につけないようにしているのも、これらの味の問題と言えるでしょう。
そして、マナーの問題と言う人もいます。わさびを溶いた後の醤油は、どうしてもわさびが残り、美しいとは言いがたい状態になってしまうというのです。
おそらくこれらは正しいのでしょう。だからこそ、長らく信じてこられた「常識」として、広く伝わっています。
薬味としては溶いた方が◎な場合も
でも今回はちょっと「味」に主眼を置いて、別な視点で見てみましょう。
ここでポイントになるのは、わさびは「薬味」であることです。薬味とは料理に少量を加えて、味を引き締めたり、彩りを加えたりするものです。薬効が強いものが多かったりもします。
なぜ少量なのかというと、薬効が強くて少量でも十分ということもありますが、味や風味がとても強いため、なかなか量を食べられない、たくさん加えると料理の味わいを壊してしまう可能性があるからです。
そうした薬味と相性がいいのが、醤油なのです。特に濃口醤油には抑制効果があり、醤油に入れると、薬味の強すぎる味わいを抑えることができるのです。とても塩辛いお漬け物や塩鮭などは、そのまま食べるよりも、あえて醤油をかけた方が塩気が和らいで食べやすくなるのです。
薬味の風味も醤油に加えることで、だいぶ抑えられ、食べやすくなるのです。わさびも醤油に溶くことで、辛さが抑えられるのです。鼻の奥に強烈な刺激を与える部分が和らいでくれたおかげで、かえってわさびの甘さなどに、気づくことができるのもポイントでしょう。
質問をしてくれた方が「お醤油に溶いたわさびも、あれはあれで美味しいような気もします」というのは、全くもって正しいのですね。他にも、同じく揮発性の辛さをもった大根おろしも、辛すぎるときは醤油をかけると食べやすくなります。
したがって、辛すぎるのが苦手な人は、わさび醤油を作った方が刺激が抑えられて、わさびをしっかりと味わえるのです。
マナーの問題や、味が単一になるということであれば、小皿をもう一枚いただいて、わさびを溶かした醤油皿と、普通の醤油皿とに分けて食べてみるというのもいいのではないでしょうか。
なお、残念ながら誰が言い出したのかまでは今回は調べきれませんでした。申し訳ありません。
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