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連載:むむ先生の"食"超解説シリーズ

なぜカツ丼にソースをかけるの?主流派「卵とじ」との間で… 〜むむ先生の"食"超解説シリーズ5〜

ライター紹介

杉村啓
杉村啓
日本酒ライター、料理漫画研究家、醤油研究家。 日本酒の基本から歴史・造り方までを熱く語った『白熱日本酒教室』やタモリ倶楽部でも紹介された醤油の奥深さを書いた『醤油手帖』など、食に関する書籍を多数執筆。「むむ先生」として食のコラムや紹介を各メディアで担当。8月末には、グルメ漫画の半世紀を辿る新著『グルメ漫画50年史』を上梓。

Rettyグルメニュースをお読みの皆様、こんにちは。「むむ先生」こと、杉村です。

<連載記事>
【3】【味噌】名古屋の赤味噌、京都の白味噌、違いはなぜ生まれたの?
【Q&A編】わさびは本当に醤油に溶いちゃいけないの?
【4】すべては”お酢"から始まった!?日本の発酵調味料の歴史

「むむ先生の"食"超解説シリーズ」の5回目は、「ソースカツ丼のエリアって、なぜカツ丼にソースをかけるの?」という疑問について、掘り下げていこうと思います。

カツ丼には卵とじにするものや、デミグラスソースをかけるもの、味噌をかけるものなどさまざまなタイプがありますが、その中でも卵とじの次くらいにメジャーなソースカツ丼がテーマです。

ソースカツ丼が「元祖カツ丼」だった!?

ソースカツ丼は、文字通りカツ丼にソースをかけたものです。主に福井県や、長野県の駒ヶ根市や伊那市などでは、「カツ丼」と言ったらソースカツ丼を指すぐらいに、生活に密接している食べ物です。他にも、ご当地グルメとしてソースカツ丼を出す地域は、いくつもあります。

用いるソースは、主にウスターソースが中心です。これをかけたり、場合によってはカツを浸したりするのです。

このソースカツ丼。現在の広まり具合から考えて、卵とじカツ丼から派生したもの、と考えている人もいるかもしれません。でも、ちょっと違うのです。

ここで、カツ丼誕生の歴史をいくつか紹介しましょう。いくつかというのは諸説あるので、中でも現在主流とされているものを、ピックアップしてみました。

1つ目の説は、大正二年(1913年)に、東京は早稲田にあった「ヨーロッパ軒」の初代店主、高畠増太郎さんが、料理発表会でソースカツ丼を披露し、お店で提供し始めたのが最初であるというものです。

画像引用元:Sae Miyashimaさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE18/ARE556/SUB15401/100000725476/24994886/

画像引用元:Sae Miyashimaさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE18/ARE556/SUB15401/100000725476/24994886/

高畠さんはドイツへ料理留学をしており、そこで学んだウスターソースを、日本人の味覚に合うように調整し、造り上げた料理がソースカツ丼だったのです。

ヨーロッパ軒は現在、福井県にあり、福井県がソースカツ丼圏であるのも、納得ですね。

2つ目の説も、舞台は早稲田です。大正七年(1918年)に、早稲田にある蕎麦屋「三朝庵」では、宴会のときなどにトンカツを出していました。大正初期には高級な洋食屋でしか食べられなかったトンカツも、肉屋がコロッケなどと一緒に売り出すようになったため、蕎麦屋などでも仕入れて出すことがあったとのこと。

画像引用元:Yuki Takadaさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE13/ARE1/SUB110/100000092157/1497243/

画像引用元:Yuki Takadaさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE13/ARE1/SUB110/100000092157/1497243/

そうして出したものの、キャンセルがあったりして、高価なトンカツが余ることがありました。もう冷めているからお客様には出せない、でももったいない。

そう考えていると、常連の学生から卵丼のようにしてみたら?と言われ、そばつゆで煮て、卵でとじてみたのがきっかけです。次第に評判になり、広まっていきました。これが、卵とじタイプのカツ丼の発祥と言われています。

3つ目の説も、実は早稲田なのです。大正十年(1921年)に、早稲田高等学院の中西敬二郎さんによって生み出されたというものです。

当時早稲田にあった「カフェーハウス」というお店の常連で、カツ飯とカレーを交互に食べていた中西さん。さすがに飽きたので、カツを丼にのせ、ウスターソースと小麦粉を煮つめたソースをかけ、食べてみたところ、かなり乙な味がしたのです。

中西さんはカフェーハウスの店主を説き伏せて、「カツ丼」として売り出したところ、注文が殺到したというもの。こちらはソースカツ丼ですね。

どれも早稲田が舞台で、しかも、年代が違い、ソースカツ丼と卵とじのカツ丼とが、別々に誕生しているのも面白いところです。これらの説を見てもわかる通り、ソースカツ丼は、卵とじのカツ丼から派生したのではなく、むしろ歴史は古いと言えそうです。

画像引用元:Miki Takeiさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE19/ARE83/SUB8301/100000799424/16935907/

画像引用元:Miki Takeiさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE19/ARE83/SUB8301/100000799424/16935907/

ちなみに、さらに歴史が古い説としては、山梨県の甲府市にある、蕎麦の老舗「奥村本店」で、明治三十年代後半には、カツ丼が売られていたというものです。

こちらは、当時の当主である由井新兵衛さんが、東京で食べたポークカツレツに感動し、メニューに取り入れようとしたのがきっかけです。そのまま出すのではなく、蕎麦屋なので出前に対応できるよう、丼スタイルにしたとのこと。

なので、奥村本店のカツ丼は、今でも揚げたカツ、キャベツ、ポテトサラダ、トマト、パセリなどが、全て丼に収まっているのです。

こちらもソースをかけて食べるので、やっぱりカツ丼の元祖は、ソースカツ丼だったと言えそうです。

そもそも丼とは

カツ丼に限らず、丼料理というのは、ただ単に、ご飯の上におかずをのせただけではありません。やや汁気が多かったり、タレがかかったものをのせて、ご飯に美味しさが染み通るところにこそ、真髄があります。牛丼屋さんで「つゆだく」を頼むのも、この美味しさを追い求めてのことでしょう。

画像引用元:Makoto Takahashiさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE07/ARE163/SUB16302/100001096025/26059929/

画像引用元:Makoto Takahashiさんの投稿よりhttps://retty.me/area/PRE07/ARE163/SUB16302/100001096025/26059929/

ソースカツ丼も、カツの油とソースが合わさり、旨味が増した状態で、ご飯に染みこむのがポイントなのです。トンカツが別皿だと、ソースとご飯のハーモニーを味わえないのですね。

というわけで、今回のテーマである「ソースカツ丼のエリアって、なぜカツ丼にソースをかけるの?」の答えは、「よりご飯が美味しく、丼として完成したものが食べられるから」です。

焼きめしなども、ソースでご飯を味付けますし、ソースご飯もありますし、ソースとご飯はそもそも相性が良いのです。そこにさらに、カツの旨味が加わるというわけですね。

その視点で見ると、かつおだしで煮て、卵でとじるカツ丼の方が、汁気も多く、ご飯に染みこむダシや油の旨味と、たまごの風味があるため、ソースカツ丼よりも主流になっていったのではないでしょうか。

【むむ先生のイチオシ調味料〜ソース編〜】

というわけで、今回のお話でソースカツ丼が食べたくなったら、元祖のひとつでもある、福井県の「ヨーロッパ軒」に行きたいところです。

大崎 裕史さんの投稿より

大崎 裕史さんの投稿より

画像引用元:https://retty.me/area/PRE18/ARE556/SUB15401/100000725476/4531727/

まだ味わったことがなければ、是非食べてみてください!

■グルメ漫画の歴史をまとめた本『グルメ漫画50年史』を出しました

50年にわたるグルメ漫画の歴史を、10年ごとに区切り、当時の食文化からどういう影響を受けてきたのか、そして食文化にどういう影響を与えてきたのかを記しました。

今回の話に関連すると、「三朝庵」のエピソードは、『そばもん ニッポン蕎麦行脚』という作品でも紹介されています。もちろん、本書でしっかり『そばもん』がどういう作品かも紹介しています。

グルメ漫画に興味がある人だけでなく、食文化に興味のある人にも楽しんでもらえると思います!

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