連載:松浦達也の大阪グルメ探訪

大阪で必ず味わってほしい。1杯170円〜のうどんと英検2級のおっちゃんとの会話

ライター紹介

松浦達也
松浦達也
ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。

大阪に行くと必ず食べるものがある。それはたこ焼きでもなければ、お好み焼きでもなく、鶴橋のホルモンでもない。

うどんだ。

難波「天政」の肉うどん。ねぎと肉に隠れてうどんが見えない

難波「天政」の肉うどん。ねぎと肉に隠れてうどんが見えない

例えば、梅田でサクッと小腹を満たしたければ、新梅田食道街の「釜たけうどん」に飛び込むし、少し時間があれば駅前第3ビル地下の「はがくれ」を覗いたりもする。

難波のうどん屋といえば元祖「肉吸い」で知られる「千とせ」か。いやしかし「千とせ 本店」は営業時間も短く、行列も手強い。実を取るなら吉本興業の聖地「なんばグランド花月」内に出店されている「千とせ べっかん」のほうが入りやすい。

「千とせ」の肉吸い。うどんの代わりに豆腐が入っている

「千とせ」の肉吸い。うどんの代わりに豆腐が入っている

名物的なうどん店もいいだろう。だが、難波のうどんの素晴らしさはスタンドうどんにこそある。その象徴が「なんばうどん」「松屋」「天政」という長時間営業のスタンドうどん御三家だ。

いずれも開店は朝の6~7時。夜も23時~00時ごろまで気合の通し営業で、出勤前のビジネスマンの腹ごしらえから酔客までも受け入れる。

しかも商いの町・大阪だけあって価格もこなれまくっている。かけうどんの値段は「なんばうどん」170円、「松屋」180円と爆安。「天政」がこの12月1日から全品10円値上げして220円になったが、それでも十二分にリーズナブルだ。

その他の高級店まで含めても、難波には「うどんの名店」は数多いが、僕個人が気に入っているのは、南海なんば駅にほど近い「なんばうどん」だ。

麺はスタンドだからもちろんゆで置き麺。だが少し長めのゆで戻しで表面の食感をやわらかくし、芯のほのかなコシとの差を演出している(ような気がする)。もちろんつゆは、昆布とカツオをしっかりきかせた合わせだし。西の定番、ヒガシマルの薄口できっちり味を決めている。

僕の注文はたいてい肉うどんかカレーうどん。肉うどんは注文ごとに生の牛肉を小鍋で煮立てる。一番人気のカレーうどんは「お金が合えへん」と牛ではなく豚肉だが、隠し味にケチャップを使うなどあれこれ気がきいている。

だが本当に気がきいているのは、この店の"接客エンターテインメント"だ。

最初に気づいたのは、満席のカウンターで肉うどんをすすっているときだった。

メガネをかけたおっちゃんの店員が、「ヘイ! ヘイ!」と叫んでいる。最初自分かと思って顔を上げたが、違ったらしい。僕の肩越しに券売機で、食券を買おうとしている若者に向かって叫んでいる(この店の入口は左右両方あるが、満席時には向かって左側の引き戸が入口となり、そちら側の券売機を使うという暗黙のルールがあるのだが、その若者は逆側の券売機で食券を買おうとしていた)。

「ソーリーソーリーソーリー! ジャストミニッツ! ファイブミニッツ!」

声の主はこのおっちゃんだ。

店長代理で早番担当の竹村利光さん。「英検? 2級やで」という語学力を駆使してカウンター内から矢継ぎ早に(しかもダミ声で)外国人とおぼしき観光客に畳み掛けるのだ。しかも大阪人らしく実に屈託がない。

「ヘイユー! コリア? チャイニーズ? タイペイ?」

来阪当日だと無遠慮にすら聞こえるが、このコミュニケーションが見事に成立している。もっとも相手の国籍がどこであれ、このモードの竹村さんはたいてい英語で通す。例外があるとすれば……。

「あ、日本人か」

と、一瞬、がっかりしたような調子になるときくらい。もっともその後も、トークはあっという間に復活する。

「お姉ちゃん、どっから来たんや。お。北海道? おう。昔仕事で行ってたことあるわ。札幌は江別に苫小牧、室蘭……」と速射砲のように現地の地名が出てくる。

もっとも僕が東京から来たという話をしたときも「お、兄ちゃん。東京か。東京も長かったからな。新宿から? 大塚、池袋、高田馬場に代々木……」と怒涛のトークショーが幕を開ける。

しかも手が止まるわけではなく、うどんを作りながら見事に行列客をさばいていく。たった一杯で、これほど多様なエンターテインメントが楽しめるうどん屋が、ここ以外どこにあるだろうか。

もちろんおっちゃんには休みもあるし、スタンドだから長々と居座るわけにもいかない。

それでも難波を訪れるとつい引き寄せられるように、「なんばうどん」ののれんをくぐりたくなってしまう。だってこの店にはうまいうどんのほかに、湯気の向こう側とこちら側の間で繰り広げられる、一期一会のエンターテインメントまであるのだから。

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