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連載:日本酒ライターKENZOの「1/3の純情な吟醸」

国が掲げる「地方創生」は上から目線。新たに誕生した酒蔵から考えたい、これからの町おこし

こんにちは。熱燗DJつけたろうこと日本酒ライターのKENZOです。

戦後初めて北海道に誕生した、日本酒の酒造会社「上川大雪酒造」。

去年(2017年)8月に上川大雪酒造・代表の塚原敏夫さんに東京でお会いして、酒蔵を立ち上げた経緯を伺いました。

・「たとえ絵空事だと笑われても」 北海道に誕生した日本一新しい酒蔵"上川大雪酒造"の創業ストーリー

▲上川大雪酒造代表の塚原敏夫さん(写真左)

▲上川大雪酒造代表の塚原敏夫さん(写真左)

話を聞くなかでまず驚いたのは、酒蔵を作った目的が、たくさん売って儲けるではなく、「町に人を呼ぶため」という一般的な酒蔵とはかけ離れた創業の理念でした。

新しい酒蔵を作るのは「日本酒の業界では難しい(というか無理)」と言われているなか、そんな定説を吹き飛ばし、上川大雪酒造を創設した影の立役者たちを今回は取材します。

北海道に誕生した新しい酒蔵「上川大雪酒造」創設のアナザーストーリーをお送りさせていただきます。
 
 
 

北海道上川町にて──。
 
 
 
取材場所として使わせていただいたのが、北海道上川町にある「フラテッロ・ディ・ミクニ 」。フレンチの巨匠・三國清三シェフのレストランであり、上川大雪酒造が生まれる"すべてのきっかけとなったレストラン"なのだとか。

▲取材日は大雪だったため、春の景色をご覧ください

▲取材日は大雪だったため、春の景色をご覧ください

塚原さん、今回の取材ではせっかくなので上川町の方々にもお話を伺ってみたいです。

今日は「上川大雪酒造」創設に大きく尽力いただいた上川町長が来てくれることになりました。

町長さんが…!(ヤバイ、、、予想外すぎて緊張してきた)

▲北海道上川町の佐藤芳治町長

▲北海道上川町の佐藤芳治町長

日本酒ライターのKENZOと申します。本日は、お時間をいただきありがとうございます。

いえいえ、こちらこそ上川町までお越しいただきありがとうございます。

いきなり失礼な話なんですが、町長さんと上川大雪酒造ってどのような関係があるんですか?

KENZOさん、町長がいなかったら絶対に上川大雪酒造はありませんでした。断言できます。

そ、そうなんですね。

ここ上川町にミクニのレストランができたのも、大雪森のガーデンのプロジェクトを発足させ、大変な苦労の末、実現させた町長のおかげなんです。

ほう。

上川町に大雪森のガーデンを作り、ミクニのレストランを誘致し、僕がこの町に来て上川大雪酒造を作る。全ての始まりは町長が、大雪森のガーデンを強い想いで作ったからなんですよ!

佐藤町長が大雪森のガーデンを作ったことが、上川大雪酒造のできるきっかけになったんですね。

「町長、ミクニに町を売るの?」 周囲からあがった反対の声

佐藤町長はどのような経緯でこの大雪森のガーデンを作るに至ったのですか?

それは観光の価値を上げるためです。

観光の価値ですか?

ここはもともと林業で栄えた町だったんです。当時はものすごく豊かな町でした。

なるほど。

また層雲峡温泉があり、林業と平行して観光業も盛んになっていました。観光資源があったので、当時は人口5,000人に対して観光客が年間に300万人も来てくれる町にまでなりました。

▲層雲峡温泉

▲層雲峡温泉

それでいいのではないでしょうか?

いえ、観光客のニーズって変わってきてるじゃないですか。これからはその地域の魅力を体験できる観光スポットが必要だと思うんです。

そこで目をつけたのが観光客からの人気が高い大雪山。ただ、大雪山の周辺というのは大事な農業用地でもあるんですね。

それまでは観光客が来てくれても、何もルールがないから写真を撮るために畑に入るわ、農作業の妨げになるわという事態になっていたんです。そういう問題を観光で上手く制御ができないかな、ということから始まったのがこの「大雪森のガーデン」のプロジェクトなんです。

当初予想していたのとは全然違う観光目的でした…。

素敵なロケーションに立派なレストランを建てて、おいしいご飯が食べられる観光地はたくさんあります。

地元の素晴らしい食材をアピールする為に、ちゃんと名の知れた一流のシェフにお願いして、ここにしかない魅力をつくりたかった。(大物過ぎて)99%ムリだろうと思ったけれど、呼ぶなら北海道出身の三國さん(三國清三シェフ)しかいないだろう、と。

周りの方々の反応はどうだったんですか?

絶対に「ムリだ」と…(笑)

やっぱり(笑)

それでも三國さんが我々の考えている町づくりに共鳴してくれて、我々も三國さんの北海道の食を盛り上げたいという考えに共鳴して、最終的にやっていただけることになったんです。でも、最初は周囲から言われましたよ「町長、ミクニに町を売るの?」って。

町のためを思ってやっていても、いろいろな声があがってくるんですね。

説得に説得を重ね、三國さんの想いもようやく伝わって。

そういう苦労があって、このレストランが誕生したんですね…!

上川大雪酒造がもつ「小さいからこその価値」

最初に塚原さんから酒蔵を作ると伺ったときは、どう思われましたか?

「無理なんじゃないの?」って思って見ていました。

だんだん上川大雪酒造のプロジェクトが進んでいく中で町長が「無理」から「いける」と確信するまで、何かきっかけみたいなものはあったんですか?

塚原さんから「小さい酒蔵だからこその価値がある。それをとにかく徹底的にコンセプトとして追求していった酒蔵を作りたい」と聞いて、そこでなるほどなと。

小さいからこその価値、という部分に町長も共感なさったんですね。

この町は観光でやっていきたいと思ってました。確かに温泉はいいですよ、景観もいいです。でも、やっぱり今は時代のニーズとして食じゃないですか。

三國さんもやってきてくれたんだから、食のレベルアップを通じて上川町の観光価値をあげる。そこでやっぱり効くのが「地酒」なんですよね。酒蔵というのが大きな意味を持ち、観光価値につながっていくと思うようになったんです。

「地方創生」という呼び方は上から目線

「大雪森のガーデン」のプロジェクトをやるにあたって相当な抵抗もありました。そんなに投資してリスク負ってどうするんだ、と。

きっとそうですよね。

そりゃもちろん観光スポットとしての採算もあるけど、でもそんなことばかりを考えていたらキツくて何もできないですよ。観光で町の価値をあげることで、農業など他の産業にも結びつくと理解してくださいよ、と。ここはある意味投資だと思ってるんです、将来への。

観光で採算を考えるのではなく、町の価値を上げるための投資として捉えるんですね。

そう、必ずや町づくりにつながっていくということ。どこも今人口減少がすごいじゃないですか。これからの10年を考えているんですが、この町の人口はまだ減る。でも減って小さくなっても、元気な町づくりはできるんじゃないかと思う。

そうですね、人口が減少する前提で考えていかないと現実とのギャップを埋められず、夢物語で終わってしまう可能性もありますよね。だからこそ、人が減っても元気な町が重要なんですね。

あるいはヨーロッパの町づくりのように、住民ひとりひとりが活発になれるような町づくりはできると思う。それはたぶん利便性とかじゃないと思うんだよね、人間が求めるのって。

せっかく温泉や景観という資源があるわけですから、それをどう活かしていくのかっていうことが町づくりだと思います。今もそういう想いに変わりはないし、信念みたいなものですね。

塚原さんの酒蔵の構想は、町長の描いていた「人口は減って行くけれども、小さくても価値のある豊かな町づくり」と合致したんですね。

そうですね。私はこういう町づくりでいいのか、こういう国づくりでいいのか、根底から考えるようにしています。日本全体の人口が減っていくなかで、地方創生という国の呼び方からしてずれてるんじゃないの?と思いますね。どうしても上から目線に感じる。誰のための地方創生なんだろう?って。

そうですよね、たしかに。

本来、「うちの町にはこれがある」と誇れるものがあればいいんです。

なるほど。

さっきヨーロッパの話をしましたけれど、あちらだと1,000とか2,000とかの町があって国の基礎になっているんですね。

そこで働いている人たちは、経済性とか利便性よりも、人と人とのつながりとか、地方だからこそある価値観をものすごく大切にして絆を作っている。文化や歴史が違うから、真似できるとは思わないけれど参考にはすべきじゃないかな、って。

すごく素敵ですね!

そこを考えて日本の町づくりを変えていかなくちゃ。人口が減っても豊かでいられるように。

塚原さんが最初におっしゃっていた「町長がいなかったら上川大雪酒造はなかった」という意味は、塚原さんが町長の考えに共感したということなんですね。本日はお忙しいなか、貴重なお話をありがとうございました。

いえいえ、上川大雪酒造をぜひよろしくお願いします。

休日にもかかわらず、時間を作って取材にご対応いただき、吹雪のなか帰って行かれました。なんて酒蔵に協力的な町長…!

いやぁ、町長すごかったですね。

上川町が特別だから酒蔵ができたんじゃないんですよ。水と米が自慢の町なんて全国にいくらでもあるんです。決め手は「人」なんです。

本当にその通りですね。

レストラン経営をしていても思いますけれど、1人の従業員が0.7仕事をするのと、1.5仕事をするので従業員の数が倍ほど変わってくるんです。10人いないとできないレストランも、全員が1.5の質で仕事をすると5人でできるんですよ。

ああ〜、その感じわかります。

酒蔵と行政の関係も同じですよね。みんなが「酒蔵があったほうがいい、できたほうが嬉しい」って思うからどんどん進むんですよね。

今回だって「1年で酒蔵を作ってすごいね」って言われたけど、バックアップがなかったら絶対に無理。町長は出資者や銀行の役員にプレゼンするときにまで同席してくれましたからね。

すごい。

そのおかげで周りも「上川町がこんなにバックアップしているのか」ということで、安心してくれるんです。

だから、塚原さんはゼロから資金調達できたんですね!

上川町の素晴らしい「人の力」は町長だけじゃない、上川町には「酒蔵支えtaI」(さかぐらささえたい)と言うのもあるんです。

酒蔵支えtaI?

ええ、酒蔵を支えてくださる地元のボランティアの方々です。例えば、先ほど町長を送迎していた男性も支えtaIのメンバーです。

休日にもかかわらず…。

それだけではありません。彼は土日に酒蔵にやってきてお酒の瓶詰め作業も手伝ってくれているんです。

▲自らの休みを利用して酒蔵の作業を手伝う「酒蔵支えtaI」の谷脇さん(実はお酒が飲めない)

▲自らの休みを利用して酒蔵の作業を手伝う「酒蔵支えtaI」の谷脇さん(実はお酒が飲めない)

だからこそ僕も「この酒蔵をつかって、上川町という名前を全国に広めたい」そんな想いで会社とお酒の名前を「上川大雪」に決めたんです。

終わりに

今回、実際に北海道上川町へ訪れ、取材をさせていただいて、改めて上川大雪酒造は「人」が力を合わせて作った酒蔵なんだと実感しました。

塚原さんが言ってた「0.7と1.5の話」に全てが象徴されていたように、上川町をもっと盛り上げたい!とみんなの想いが形になったのが酒蔵でした。

「地方創生」なんて上から目線の言葉なんかじゃない。本当に必要なのは「町おこし」。みんなでやること、それが全てに繋がる。

いま酒蔵の誕生をきっかけに上川町の人々の絆はさらに強くなってきている。

でもそれは1人の町長が様々な困難を乗り越えて「大雪森のガーデン」を作ったことから始まった。

そして誰よりもその町長が酒蔵を応援した。

だからみんなが無理だと言った「新しい酒蔵の誕生」という奇跡が生まれた。

「町長がいなかったら絶対に上川大雪酒造はありませんでした」

僕も心からそう思いました。
 
 

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