連載:松浦達也の大阪グルメ探訪

梅田・松葉総本店にて学ぶ!大阪串カツと相思相愛になるためのいくつかの流儀

大阪グルメ。そこには東京グルメとは一味もふた味も違う文化がそこにはある。
美味しさ、安さ、人の良さ…
フードアクティビスト・松浦達也がその魅力を徹底的に解剖してみた!

ライター紹介

松浦達也
松浦達也
ライター/編集者。「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食ニュース解説を行うほか、『dancyu』から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に近著の『新しい卵ドリル おうちの卵料理が見違える』ほか『家で肉食を極める!肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(ともにマガジンハウス)など。

大阪の串カツ屋は、門外漢にはどことなく敷居が高いように感じてしまう。

狭い立ち食いの店内に「二度漬け禁止!」という強めの注意書きが貼られていたり、店主もどことなく口うるさそうな気すらする。なんなら日の高いうちから泥酔しているカウンターのこちら側にも注意を払ったほうがいいような……。

なぜそう感じてしまうのか。それは知らないからだ。

"知る"には整理することが必要だ。大阪の串カツとはどんな食べ物なのか――。起源は明確ではないが、大正時代の初頭にはすでに屋台があったという。その面影を残すのが1929(昭和4)年創業の新世界「だるま」だ。

新世界の「だるま」総本店

新世界の「だるま」総本店

「二度漬け禁止やでえ」の象徴的存在でも知られる「だるま」。のれんがスクリーンになって、外から店内の様子は窺いにくいが、実は接客は思いのほかフレンドリー。食べたい飲み物と串、つまみを決めたら、「すんません」と店のお兄さんを呼び止めて注文すればいい。

現在、多くの大阪の串カツ屋はこの注文様式を採用している。だが今回の主役は「だるま」ではない。1949(昭和24)年、梅田の地下道に開店した「松葉」である。

Katsuhira Takanoさんの投稿より

Katsuhira Takanoさんの投稿より

画像引用元:https://retty.me/area/PRE27/ARE89/SUB8901/100000013763/30128572/

現在は梅田駅からほど近い新梅田食堂街にある「松葉総本店」の注文スタイルは他の串カツ屋と少し違う。

正確に言うと、注文方法のバリエーションが少し多い。その上、いくつか店独特のマナーがある。入店の作法から順を追って説明していきたい。

まず、この店の間口は2間あるが、よほど空いているとき以外は右側の間口が入り口となる。そこで人数を告げ、案内を待つ。右側のカウンターや壁際が空いていればそのまま右へ。左側のカウンターしか空いていないときは、外から回り込む。

最初に聞かれるのは飲み物。首尾よくカウンターに滑り込むことができたら、そのタイミングで注文したい品がひとつある。

300円の湯豆腐(夏は冷奴)だ。豆腐、だしともにちゃんとした居酒屋仕様で、ボリュームもしっかりある。2名でつつくのにもいい。しかもこの一品は後にかなりの展開力を見せることになるが、その詳細はまた追って。

ともあれカウンターにすべりこんだら最初の注文は「飲み物と湯豆腐(もしくは冷奴)」が基本形。あとは飲み物が提供されるタイミングで注文すればいい。

もし決めきれなくても、湯豆腐さえあればこのカウンターは心地いい。しかも「松葉」のカウンターは、注文せずとも串カツにありつける。

「えっ。注文せずとも……?」と疑問に感じた方、ちょっとした違和感を拾ってくださり、深謝申し上げます。そう。「松葉」では注文せずとも串にありつくこともできるのだ。

この店ではカウンター上に串カツが盛られたバットがずらりと並べられている。同種の串がまとめて揚げられ、「××揚げたてですー」の声とともに各バットに分配されていく。客は注文せずともバットに盛られた串を黙って取っていい。客が店に入った時点で口に運ぶべき串は用意されている。松葉総本店の串カツはフライング気味とさえ言える、スーパーファストフードなのだ。

もちろんソースは二度漬け禁止。キャベツは食べ放題

もちろんソースは二度漬け禁止。キャベツは食べ放題

もっとも、初心者にとってパッと見では何かわからない串も多い。もちろん普通に注文もできる。注文をすると店員が近くのバットをチェック。見当たらなければ新しく揚げてくれるし、近場のバットにあれば「熱くしますか?」の一言とともに揚げ直しもしてくれる。

食べておきたい串もあまたある。卓上の辛子醤油が合う鮪(まぐろ)、塩で食べたいカマンベールチーズ、ほのかにカレー粉が香る若鶏に大阪串カツの看板である牛串だって欠かせない。ちなみに先の湯豆腐のだしも立派なソースになる。実に無駄がない。

卓上調味料は赤いキャップが辛子醤油、薄緑色が醤油、銀の缶が塩

卓上調味料は赤いキャップが辛子醤油、薄緑色が醤油、銀の缶が塩

梅田でちょっと時間が空いた時「1杯+湯豆腐+串2~3本で1000円以内」というコースを頭のなかで組み立ててみるのだが、成功した試しがない。ついつい2杯飲んでしまったり、串が多くなってしまったり。難があるのは、どーんと盛られた串カツか、自制のきかない自分か(間違いなく後者)。

会計はテーブル会計というか、自席会計……。いや、席もないか。ええい、ややこしい! とにかくその場で「お会計してください」とか「お勘定を」と告げれば、串の長さや形状をもとに計算してくれる。

この店は、万人にとって快適な店ではないかもしれない。禁煙でもないし、おしぼりも出てこない。卓上に指先をふくためのふきんはあるが、それにしたって共用だ。

もはや遠い昭和を想起させる佇まいを苦手とする人だろう。でもそれでいいのだ。外見や他人の評価を気にして付き合ったところで、その関係は長続きしない。相思相愛の幸せな関係は、寄り添う気持ちがあってこそ築くことができる。それは相手が人でも店でも変わらない。

今日も「松葉総本店」にはこの店を愛する人々が列をなしている。

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