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連載:塩見なゆのせんべろ酒場

日本で一番古いビヤホールに誘われて…ビールの聖地「ライオン銀座7丁目店」で今夜も乾杯

こんにちは。酒場案内人の塩見なゆです。日本全国津々浦々、飲みまわってその魅力をお伝えいたします。

ライター紹介

塩見なゆ
塩見なゆ
酒場案内人/フリーランス。作家で飲兵衛の両親に育てられた生粋のお酒好き。毎日5軒以上はハシゴ酒、年間2,000軒の酒場を飲み歩いています。Web・TV等で酒場情報を発信中。

飲食店には様々なジャンルで、聖地と呼ばれるようなお店があります。その料理の発祥の店だったり、著名な作家が愛した店だったり。

ビール好きにとっての聖地といえば、伝統と先進が交わる街、銀座にある「ビヤホールライオン銀座7丁目店」ではないでしょうか。

銀座通りに面した重厚な建物は、昭和9年に竣工。現存する日本で一番古いビヤホールです。

ビールの本場、ドイツのビヤホールをイメージした内装は、当時としては贅をつくしたもので、建築家を含め、多くの人から絶大な賞賛を集めたそうです。

壁画を始めとした装飾は「豊穣と収穫」をコンセプトに、大麦や葡萄をモチーフとした装飾が施されており、いまも当時の姿を美しくとどめています。

日本初のビヤホールは、同じく銀座の街で始まります。
1899年(明治32)8月4日、ヱビスビールで知られる日本麦酒が建てた直売所「恵比寿ビール BEER HALL」が日本初のビヤホールです。

それから12年後、銀座4丁目交差点でカフェー・ライオンという名の、本格的な西洋レストランが誕生します。

ここで「ライオン」の名が登場。由来はロンドンのピカデリー広場にあった「ライオン(LYON)」の名にあやかったと言われています。

話が長くなってきましたので、ビールを飲みながら話を進めていきましょう。

カフェー・ライオンの経営は昭和に入り、大日本麦酒(旧日本麦酒・現サッポロビール)に移り、ここで銀座のビヤホールとライオンが同一の経営になります。

そうして昭和9年、銀座7丁目にビヤホールライオンがオープン。

戦災で他のビヤホールが焼失するも、7丁目店は被害をまぬがれ、戦後はGHQ専用のビヤホールとして使われたという歴史もあります。

マッカーサーも愛用した記録があり、”いつもの席”もあったそうです。

大日本麦酒はその後、サッポロビールと社名を変え、ビヤホールライオンでは創業時からの系譜にあるサッポロ生ビール黒ラベルと、ヱビスビール樽生を毎日変わらず提供しています。

私もなにかとビヤホールライオンへは飲みに行くことが多く、家族と一緒に、友人と一緒に、もちろん一人でも、美味しい星のビールで喉を潤しています。

小グラス、中ジョッキ、大ジョッキとサイズのバリエーションがあり、最初の一杯目は別名”金口”と呼ばれる小グラスで飲むことを気に入っています。

肉厚のジョッキでたっぷりのビールをぐいぐい飲むのもよいけれど、でもその前に、まずは上品に心地よいのどごしと、麦とホップの香りを楽しみたい。そんなときに小グラスが向いています。

地階にはサッポロビール千葉工場からビヤホールライオン向けの専用タンクで直送した、出来たての生ビールがたっぷり並び、黒ラベルはそこからカウンターへと上がってきます。

おつまみにも伝統があります。イチオシはLIONチキンの唐揚げ。

代々料理長が受け継いできた秘伝の調理法で、生ビールと合わせることを第一に作られた味付けは何度食べても「あぁ、やっぱり美味しい」と思うもの。

ビヤホールはドイツ風といっても、日本の風土と文化の中で110年以上続いてきたビヤホールですから、やはり日本人向けの唐揚げやポテトサラダが美味しく感じるのは当たり前でしょう。

ソーセージや、時間限定で供されるローストビーフも変わらぬ美味しさ。

銀座の歴史のなかでもピザが比較的早く登場したほうで、昭和の経済成長のなかでビヤホールライオンは、ハイカラなピザやローストビーフ、スペアリブなどを求めるサラリーマンたちで大いに賑わったそうです。

現在も生ビールを愛する人、銀座の街を愛する人に親しまれ、変わらぬ活気であふれています。

春の陽気に誘われて、銀座のビールの聖地で乾杯です。

【本日のお会計】
サッポロ生ビール黒ラベル小グラス 610円
大ジョッキ 840円
LIONチキンの唐揚げ 2個入り680円

ビヤホールウインナー 800円
LIONミックスピザ 1,280円
合計 4,210円

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