連載:絶滅危惧種にさせない、地味だけれどうまい"和食"の深遠

毎年訪れたくなる確かな旨さ。水天宮「一寛」で堪能できる素晴らしき秋の味とは

いま世界が注目しているのが和食。いっぽう、日本では「和食離れ」が長年叫ばれ続け、中でも「しみじみ美味しい」「滋味溢れる」、そんな言葉があまり使われなくなったように思います。

だからこそ、いま「滋味溢れる和食の良さをみんなに知って欲しい」。そんな想いの詰まった"地味だけれどうまい和食の深遠"連載です。

ライター紹介

柏原光太郎
柏原光太郎
1963年東京生まれ。出版社でグルメガイドの取材、編集などをするうちに料理の魅力にはまり、フジテレビ「アイアンシェフ」評議員なども務める。「和の食と心を訪ね歩く会」主宰、「軽井沢男子美食倶楽部」会長。2017年12月よりRetty TOP USER PRO。

ところでみなさん、店を選ぶときどんな風に考えますか。

ガイドや口コミを信用することも多いでしょうが、私の場合「秋になったから、あそこのキノコ料理を食べたいな」と思ってチョイスすることがままあります。

年を重ねて図々しくなって来たので予約のときに「去年食べて美味しかったやつ、あるかなあ」なんて確認することも多い。

だって、それを食べたくて行くわけですから。

でも最近の、コースのみの店の場合、どんな料理が出てくるのかはその日になってみなければわかりません。料理人だって毎日同じものを作り続けたら飽きてしまうから、コースのほうが精神衛生上いいのかもしれません。

でもわがままをいえば、自分が食べたい料理がいつもそこにあってくれればうれしいに決まっています。

水天宮にある「一寛」は、私にとって、そんなわがままをいつもかなえてくれる店です。

主人の早川寛次郎さんは赤坂「津やま」の先代の下で17年間修業し、水天宮に店を構えて今年で11年になります。

津やま先代の料理は『娘に贈る家庭の味 赤坂「津やま」もてなしの心』(野地秩嘉著 文春文庫)にくわしいですが、残念ながらいまは絶版です。

私は先代の料理に間に合った最後の世代ですが、京料理とも違う、いい素材を美味しく食べるために仕立て上げられた津やま料理としかいえないものでした。

津やまは二代目が継いで、いまも政財界の顧客が集う店ですが、ちょっと覗くには敷居が高い、紹介がなければ訪れにくい店です。でも「一寛」なら、先代の料理を季節ごとに味わえます。

「あのレベルの仕事は出来ませんし、材料が違いますから同じものにはなりませんが、先代に習った味を出せるように努力しています」

と早川さん。

たとえば沢煮椀は、津やまのシグネチャーディッシュというべきもので、ウドと豚の背脂の香りが素晴らしいお椀ですが、ひさしぶりにいただき、「ああ、あの味だ」と思ったものです。

いつもは椎茸を刻んでいれますが、この季節は松茸に。それが早川さん独自のアレンジです。

秋になると柳カレイの季節です。

小ぶりのものから内臓を取り出し、一夜干し。それを炙って供します。

私は津やまではじめて食べて、そのおいしさに驚いたのですが、一寛でもいつも新鮮な驚きがあります。

合いの手には卯の花や塩辛を。

家庭料理のようなメニューですが、上品で日本酒に合う、これはやはりプロの領分です。

そして最後は、やはり小泉純一郎元総理が愛した鯛茶漬け。

さまざまな料理店が趣向を凝らした鯛茶漬けをだしていますが、津やま流は細切りの鯛に梅干を隠し味にした漬けダレ、そしてほうじ茶を使うところです。

私は最初はタレを絡ませた鯛だけで、途中から茶漬けにして食べます。

津やまのようにアラカルトメニューを出す余裕はないといいますが、一寛のコースの値段は開店当時と変わらず4,500円、6,000円、8,000円で、6,000円以上は最後が鯛茶漬けとなります。

今回は松茸を入れるなど8,000円のコースから作っていただきましたが、最初は安価なコースでも早川さんの腕前は味わえます。

これからの季節は、秋刀魚やブリ、香箱蟹、蕪蒸しが美味しくなってきます。

冒頭に申し上げたように料理は事前にリクエストすれば応えてくれます。ちょっとなつかしいけれど、ぴたりと味の決まった職人仕事を堪能したいとき、私はまず一寛を思い出します。

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