いま世界が注目しているのが和食。
いっぽう、日本では「和食離れ」が長年叫ばれ続け、中でも「しみじみ美味しい」「滋味溢れる」、そんな言葉があまり使われなくなったように思います。
だからこそ、いま「滋味溢れる和食の良さをみんなに知って欲しい」。そんな想いの詰まった"地味だけれどうまい和食の深遠"連載です。
ライター紹介
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柏原光太郎
- 1963年東京生まれ。出版社でグルメガイドの取材、編集などをするうちに料理の魅力にはまり、フジテレビ「アイアンシェフ」評議員なども務める。「和の食と心を訪ね歩く会」主宰、「軽井沢男子美食倶楽部」会長。2017年12月よりRetty TOP USER PRO。
いつも居酒屋ばかりなのは卒業したいけど、割烹や日本料理店に行くのはハードルが高いと感じているなら、蕎麦屋飲みから始めるのも一考だと、私は常々考えていました。
酒肴も酒も揃っていて、好きなものを頼め、どれも手が込んでいるものばかり。
〆の蕎麦も美味しいからです。
そんな中、六本木ヒルズに蕎麦屋飲み初心者にぴったりの店が出来ました。
「蕎麦前 山都」です。
一号店は代々木上原ですが、すでに15年ほど経つ老舗。そこの店長を務めていた渡邉太一さんが乗り込んできたのです。
場所は、以前「虎屋茶寮」があったところといえば、おわかりのかたも多いでしょう。
けやき坂に面してはいるものの、ちょっと奥まった静かな場所に藍色の暖簾がトレードマークです。中はテーブルを中心に50席ほど、今度はカウンター席も設けています。
「ヒルズというと、ここに来る前はキラキラしたイメージだったんですが、実際は蕎麦屋でゆったり過ごしたい方が多く、特に土日は落ち着いた年齢の方や家族連れも多い。そんな方々に和食屋と変わらない『蕎麦前』を打ち出したいと思って開きました」
メニューは通常あるグランドメニューと、その日のおすすめ合わせて50種類以上。よく出るものに串物や天ぷらがありますが、それも単品で頼めるのがうれしい限りです。
まずは、グランドメニューにある、蕎麦屋にはつきものの海苔を使った「魚ばくだん」を。
筋子、納豆、メカブ、マグロ、沢庵、昆布、海ぶどうを卵黄とともに混ぜ合わせ、粘りが出たところで海苔に乗せて食べます。
ばくだん自体はポピュラーな料理ですが、筋子、海ぶどうが斬新でプチプチ感がうれしい一品です。
ちなみに「肉ばくだん」もあって、こちらは馬刺し、キムチ、豆もやし、納豆、メカブ、沢庵と、これまた美味しそうなラインアップです。
「この日のおすすめ」からは「煮穴子べっこうあんかけ」はどうでしょうか。
料理長の柴田亮太さんイチオシの一品で、羽田沖で獲れた江戸前の穴子をじっくり煮て、ちぢみほうれん草と大根の煮物の上に敷き、たっぷりのべっこうあんをかけたあとに、そばの実を散らしました。
焙煎したそばの実が香ばしく香ります。
「上原にも来られているお客様には『上原からの定番』メニューも用意していて、ポテサラやそばの実コロッケが人気です。牛バラや鶏つくねの『名物八寸串』もよく出ますね」
お酒は日本酒、焼酎をはじめワイン、サワーまで盛りだくさん。
最近は天然果汁を使ったサワーがよく出るようですが、個人的には蕎麦湯で割った焼酎を一度は試していただきたい。しかも蕎麦湯が軽めと重めの二種類あるのです。
ほどよくお腹がくちくなってきたら、〆の蕎麦にいきましょう。
ここの名物はみんなでシェアする「大せいろ」。
店内で打たれた十割蕎麦4人前をいっぺんに盛り、もり、とろろ、濃厚胡麻、なめこ、こってり、鴨、黒カレーと7種類の汁を選んで各々楽しむというもので、インスタ映えもするし、隣のテーブルが頼むと伝染して周りでも注文が増えるという料理です。
が、この冬のおすすめは「釜あげそば」。
あらかじめ濃い蕎麦湯を沸騰させたところへ、茹で上げの太麺を入れてさらにぐつぐつと煮込んだものです。
これを冷たい汁で食べるのですが、釜あげですから途中で汁があたたかくなってきて、蕎麦の味も変化します。
そこへもみじおろしを加えればさらに新しい味となり、楽しみが倍化します。
うどんは食べたことがあったものの、蕎麦の釜あげは初めてでしたが、こんなに楽しいとは思いませんでした。
12月はけやき坂のイルミネーションも輝き、山都の暖簾もクリスマスヴァージョンに変わります。
そんな時期にちょっと華やかな気分で落ち着いた店で集うのこそ、都会のおしゃれというものかもしれません。
- 蕎麦前 山都
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東京都 港区 六本木
そば(蕎麦)