こんにちは。熱燗DJつけたろうこと日本酒ライターのKENZOです。
サラリーマンから熱燗DJへと完全に転職し、もっぱらの悩みは「ご職業は?」と聞かれることです。
さて、今回は兼ねてより連載している、北海道で戦後初めて誕生した日本酒蔵「上川大雪酒造」のクリエーティブ編になります。
2017年に、クラウドファンディングで話題となった「上川大雪酒造」。プロジェクトページでロゴをはじめとしたデザインを見たとき、そのクオリティの高さに驚きました。
今まで「上川大雪酒造」に関する様々なインタビューをしてきましたが、今回は「いま日本酒に必要なデザイン」をテーマに、上川大雪酒造クリエーティブディレクターの新村銀之助さんにお話をうかがってきました。
<上川大雪酒造・連載一覧>
【蔵元前編】「たとえ絵空事だと笑われても」 北海道に誕生した日本一新しい酒蔵"上川大雪酒造"の創業ストーリー
【蔵元後編】憧れを故郷で実現した天才杜氏!北海道に誕生した酒蔵が仕掛ける、前代未聞の”日本酒"町おこし
【酒蔵見学編】いま一番楽しい酒蔵見学ツアー!? 日本一新しい酒蔵「上川大雪酒造」に行ってきた
【酒蔵建築士編】ヒントは旭山動物園の行動展示!日本酒業界の常識をかえる新しい酒蔵のカタチ
【上川町長編】国が掲げる「地方創生」は上から目線。新たに誕生した酒蔵から考えたい、これからの町おこし
【杜氏編】誕生から1年!全国を渡り歩いた杜氏が、故郷・北海道でゼロからはじめた「究極の道産酒づくり」のいま
新村さん、本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
「上川大雪酒造」のクリエーティブって、すっごくカッコいいですよね。
ありがとうございます。
今回のインタビューは、僕自身が美大出身ということもあって、とても楽しみにしています。酒蔵がどうやってデザインをしていくのか、参考になるような記事になればいいなと。
なんでもお答えしますよ。
ロゴを作るのに半年。大切なのは想いをどう形にするか
「上川大雪酒造」に携わる以前は、新村さんは何をされていたんですか?
以前は、化粧品通販の会社で企画制作・デザインをしていたんですが、顔の見えない相手にどう訴求していくかを徹底的に考え、様々な方法で発信してました。
なるほど。その経験やノウハウが「上川大雪酒造」のデザインに現れているわけですね。
そうですね。日本酒は日本の伝統産業です。歴史ある数々の酒蔵・日本酒がしのぎを削る中、新規参入の「上川大雪酒造」がどうしたら受け入れてもらえるかをすごく考えました。
日本酒のデザインは、本当に幅広いですもんね。
多くの日本酒のラベルは、筆文字の商品名を前面にしたものが多いですよね。最初、もっとかっこいい筆文字やデザインがないか、ずいぶん作ったんですが、しばらく見ていると大多数の商品の中に埋もれてしまうと感じて。ロゴというより、家紋みたいに受け継がれていく普遍的なものが作れないかと思いました。
本当にロゴがかっこいいですもんね。実は、「今の日本酒業界ってラベルにこだわりはじめてるけど、『上川大雪酒造』はコンセプトやロゴに相当な時間がかかっているんじゃ・・・?」という疑問が今回のインタビューのきっかけだったんです。
ありがとうございます。
「上川大雪酒造」のデザインプロセスを世の中に共有するだけでも、酒蔵の「デザインを良くしよう」と考える方向性がわかりやすくなると思ったんです。
「上川大雪酒造」は、初めから地方創生をコンセプトにした酒蔵です。家紋にも物語があって、地元の人をはじめ多くの人に永く愛されるものにしたかったんです。
(※「上川大雪酒造」のコンセプトは、上川町に人を呼ぶために酒蔵をつくって「町おこしをする」こと。詳しくはこちらをご覧ください)
例えば、ロゴが完成するまでの変遷ってわかったりしますか?
絶対言われるだろうなと思って、少しだけ持ってきました(笑)
ありがとうございます!
ロゴは雪であり、大雪山であり、日本酒の五味であり、家紋でもあった
わわ…!やっぱり今と全然違いますね!
あれ?これは『上川』じゃなくて『神の川(神川)』って描かれてますね。
『神川』は地元還元酒の銘柄です。『上川大雪』と並行して進めていたんです。北海道上川町にきていただければコンビニでも入手可能ですよ。
『上川大雪』と『神川』というお酒があるんですね。
大雪山は、アイヌ語で「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」と呼ばれています。『神川』は、そんな大雪山のある町、上川町にちなんでつけました。
このラベルの墨絵は「山」がモチーフなんですね。
はい、大雪山黒岳山麓にある峡谷「層雲峡」もモチーフのひとつです。
家紋を意識した『上川大雪』のモチーフはなんですか?
やはり上川町を象徴する「大雪山」や美しい「雪」を使いたいなって。
でも雪って六角形ですよね?
おっしゃる通り。当初は六角形にしようと思って進めていたんですが、日本酒の持つ力強さなど、どうしてもしっくりこなくて。
なるほど。
雪もいいけど「上川大雪」の大の字や、日本酒の五味の五角形はどう?という意見が出て、改めてデザインを練り直しました。
(※五味とは:甘い・辛い・酸い・苦い・塩辛いの5つの味覚を示す言葉。日本酒の場合は、「塩」は「渋」に変わる)
六角形から五角形になったのは、息詰まってたときにやってみよう、という流れからだったんですね。
五角形でデザインしてからもかなり試行錯誤しましたよ。線の太さひとつで見え方が変わってくるんで、『上川大雪』らしさをみんなで議論して。そうして約半年かけた家紋のデザインが、2016年10月頃にできあがりました。
ロゴが完成してからのクリエーティブ
「上川町の町おこし」とともに、「品質の良い北海道産の原料による手造りで小仕込みの酒造り」という確固たるコンセプトがあったから、プロダクトデザインもブレることはありませんでした。
「町おこし」という思想が軸にあって、想いを込めたロゴができるわけで、どこかの酒蔵がやっていることを一部だけ「これいいね」ってマネしたところで、意味がないですよね。
川端杜氏に、「上川大雪酒造」の酒造りについて聞くと、「香りがそんなに立ってなくて、食中酒で、より多くの人が喜んでくれる、ついついもう一杯飲みたくなるお酒」と言います。
そういった単純じゃない想いをどう形にしていくか。
お酒も時代時代で好まれる味って変わりますよね。
例えば、老舗の料理屋さんとかに「代々続く変わらない逸品」ってありますよね。以前何かの記事で読んだんですが、「お客様は昔から変わらない味で美味しいと言っていただけますが、お店(料理人)は、時代に合わせて味を進化(追求)させているから、味は変わっているんだ」って。本物って、そういうことなんだと思います。
変わらないために、変わり続ける。
川端杜氏がつくる「上川大雪酒造」のお酒って、ずっと愛されるお酒を目指して造るから、プロダクトデザインもそうならないといけないって、いつもいい意味でプレッシャーの中で仕事してますよ。
川端さんのお酒は、どんどん美味しく進化していますからね。
そうですね。だからそれを取り巻くプロダクトデザインも、ただ単にラベルがカッコよければいいってことじゃなく、美味しくできたお酒の品質をできるだけ保護する遮光性の高い瓶で。冷やして飲んでいただく時は、家庭の冷蔵庫のポケットに入りやすいスリムな瓶で。などなど、お酒のためにできることはどんどん実行してます。
カッコよすぎます。プロダクトデザインひとつとっても、どこまで突き詰めて考えられるか。時間がかかるわけだ。
ロゴ以外のデザインを介したコミュニケーション
2016年10月頃にロゴの方向性が決まってから、やっとラベルなどのデザインにも展開していくわけですよね?
そうですね。ただ、2016年の12月あたりにプレスリリースを打つわけです。
えー、ロゴの方向性が決まってからたった2ヶ月!大変だあ!
実はそのときにロゴは入れられなかったんですよ。方向性は決まってたけど、お見せできるほどではなかったので。
でもラベルとかもさすがに決めて、デザインしていかないとですよね?
そうですね。
そこもやっぱり、グラフィックデザインだけどラベルを介して「どうコミュニケーションをとっていくか?」を念頭において、デザインを考えていかれるんですよね?
もちろんです。2017年1月頃から具体的な作業にかかりました。先ほどお話しました、地元還元酒もそうですが、北海道内中心に流通のラベルとオンラインショップのラベルも少し違います。
少し話は変わるんですが、2017年の夏〜秋にかけて行ったクラウドファンディングは、新村さんがやろうって言い出したんですか?
そうですね。社長の塚原さんと「全国のたくさんの方達にこのプロジェクトを知って、共感して欲しいよね」って。
「上川大雪酒造」のコンセプトをクラウドファンディングで真摯にお伝えすれば、絶対いい形になると思ったんです。
必ず反響があると思ったってことですよね?
そうですね。私たちがワクワクしながらやってますから(笑)
ここも、コミュニケーションをデザインした結果ってことだ。クラウドファンディングが終わり、2017年の冬から春はどういうものを作られてたんですか?
その頃にはロゴが決まってたから、製品化に向けて必要なものを作ってましたね。
例えばどんなものを?
本当にいろいろですよ(笑)。酒蔵の表札をはじめ、酒蔵の名称「緑丘蔵」のロゴとか、フォークリフトやプラ箱等の酒蔵備品、名刺やスタッフユニフォーム。酒瓶や王冠、キャップなどのお酒関連のもの、あとホームページとかもですね。
うわわ、めちゃくちゃある!(笑)僕もクラウドファンディングを支援したのでわかるんですけど、封筒とか手紙の紙質とかしっかり作り込んでましたよね。封筒つくるだけでも、かなり時間かかりそうって思いました。
ありがとうございます。
さらにラベルも作らないといけないんですよね?お酒のラベルってルールないじゃないですか。
アルコール度や製造元など、法的に必要な表示事項以外は自由ですね。
どんな形でも、「0→1」で全部考えないといけない。しかも、立体でかつ曲面だからパッケージデザインの感覚もいりますよね。大変なんだろうなと思って。
大変だけど、とっても楽しくやりがいがありますね。とにかく奥が深い(笑)。輸送途中の結露でラベルがよれたり破れたり、でも風合いの良い紙は使いたいし。常に試行錯誤の連続です。
なるほど〜。突き詰めていくとまだまだ先があるんですね。
これらも進化を続けないといけない。
これからのこと
僕は新村さんが、今までにない酒蔵のクリエーティブディレクションをされているなと感じているんですが、ご自身はどう感じていますか?
特別なことをやっているとは思っていません。本当にできてまだ2年目の新参者の酒蔵ですから、歴史ある酒蔵の素晴らしいところは見習い、ひとりでも多くの方に美味しいと喜んでいただけるお酒を、私たちの思いとともに届けられたらと。本当にまだまだこれからなんです。
なるほど。
例えば、直営のオンラインサイトの会員は40代以上の方が多いんですが、ご購入の初歩的なことを含め、様々な質問やご意見が寄せられます。これはとても大切なコミュニケーションの機会で、ちゃんとご説明すると、しっかり理解していただき、共感が生まれ、ファンになっていただける。お客様と対面販売でない通販は、まさに「心のビジネス」ということを実感しますね。
日本酒に限らず様々なところで「作っても売れない」ってよく聞きますけど、作って終わりじゃないですもんね、今の時代。
コミュニケーションの場所や方法がいくらでもあるから、「0→1」で設計しないといけない時代じゃないですか。
僕らは大規模なプロモーションを展開するのではなく、実際に飲んで美味しいお酒を造って、いつの間にか『上川大雪』に出会って、「調べてみたら最近できた酒蔵のお酒なんだ」くらいの温度感がいいんですよね。
新村さんの中で、具体的な次の展開ってありますか?
創業以来、おかげさまで多くの方に支援いただき、多くのメディア取材も受けています。でも、まだまだ大多数の方への認知は不十分です。「地方創生蔵」という私たちのコンセプトを、美味しいと言っていただける日本酒で盛り上げていきたいですね。
次の段階にいくってことですね。まずはプロダクトとして成り立たせる必要があったから、そこを最優先でやってきた。で、いよいよ本来の目的である「町おこし」にもっとお酒を絡めないとってことですよね。
はい、やりたいことはたくさんあります。実は2019年7月に、国立大学法人「帯広畜産大学」と産学連携の取り組みとして、同大学構内に酒蔵創設のリリースを行いました。
大学に酒蔵を・・・ワクワクします!!
このプロジェクトでは、2022年4月の北海道国立3大学経営統合(小樽商科大学・帯広畜産大学・北見工業大学)の象徴となる事業として、 農業からはじまり、加工技術を経て、マーケティングして消費者にお届けする、 6次産業化・地方創生ビジネスのイノベーションを目指します。 将来的に、大学内に酵母ライブラリーの設置や酒造業界の人材育成を行っていく予定です。
あとがき
いかがでしたでしょうか?
「カッコいいな〜!」と思っていたロゴの話をうかがったら、方向性が決まるまでに半年、完成するまでに1年の時間を要していました。
そこまでロゴに時間をかけたからこそ、「上川大雪酒造」に関わる人々がブレることなく「町おこし」を意識しつづけられるんだと感じました。
どうしても視覚的な部分だけが取り上げられやすいデザインですが、新村さんの言うように本質は「生産者と消費者のコミュニケーション」。
酒蔵として走りはじめたばかりの「上川大雪酒造」ですが、目的はあくまでも「町おこし」。上川大雪酒造クリエーティブディレクターの新村さんが、酒蔵を介して町をどんな風にデザインしていくのか、今から楽しみで仕方ありません!